喫煙

胸が苦しい。
と言うのは、恋をしてしまった比喩では無い。
呼吸が辛い、その意味合いでだ。
原因はわかっている。
煙草の吸い過ぎだ。

 

 

昔から身体が弱い事は重々承知していたが、周りの環境もあって高校の頃から煙草を嗜んでいた。
別に不良学生では無いし、ましてや僕ら平成世代は煙草の害についても授業で嫌と言うほど説明されていた。
にも関わらず、宙を舞う煙に憧れを抱き、とうとうこの年齢まで来てしまった。
だって、映画や漫画でもみんなかっこいいんだもん。
ジャン=ポール・ベルモンド然り、ブラッド・ピット然り、次元然り、サンジ然り。
しょうがない、しょうがない。

 

 

しかしながら、そのツケが今になって回ってきている。
日常生活も喘息のような状態でゼーハーゼーハーする羽目になり、大きな声が出ない。
人からも言われるほど通る声をしているので何とか乗り切れているが、いずれは会話をするだけで酸欠になるかもしれない。
実際そんな奴が目の前に居たら笑えないだろう。
まあ、それが煙草を咥えながら倒れるのであれば、ダーティ・ハリーみたいでかっこいいが。
って、かっこよくはねーか。
つーか、ダーティ・ハリーの最期なんて知らんしな。

 

 

とにもかくにも日々の煙草を減らさなければ、死は近い。
ヘビースモーカーでは無いにしろ、1日に吸っている一箱分の本数をせめて半分ぐらいにしないとまずい。
友人から「文化人は漏れなく喫煙者」と言われ薄気味悪い笑みを浮かべていた過去の自分とは決別する時が来たのだ。
徐々にでいいから、改善していこう。

 

 

そんな内容をミッシェル・ガン・エレファントの『スモーキン・ビリー』を聴きながら綴っているのだから、僕はタチが悪い。
こんな守れもしない口約、煙に巻かせてくれよ。

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マネー

金が無さ過ぎる。
今月のクレジットカードの引き去りを確認したら、10万強が引き落としされていた。
自分の破綻した計画性にゲンナリする。
社会人にもなって苦学生のような預金残高の数字は、三つ並んだ6よりも不吉な将来を暗示している。

 

 

支払いの内訳を見ると、やむを得ない事柄を除いて、殆どが行きつけのバーで使った金とコンビニで買った飯の料金、つまるところ飲食代に当たる部分だった。
何をそんなに飲んだり食べたりするのだ。
毎日死にそうな生活をしていた学生時代の自分が鼻で笑う。

 

 

思えば昔から金の使い方に頭の悪さが表れていた。
中学一年生の頃、趣味にお金を費やす事こそ後々の知的財産に繋がるのだと考え、何を血迷ったかお小遣いの範疇に収まり切らない『アラジン』のDVDボックスを注文した事がある。
家族から金を借りて支払う事になった僕は、言わずもがな親父からこっぴどく叱られ、その様子を見ていたおばあちゃんは普段以上に顔をシワクチャにして泣いていた。
きっとバカな長男坊の先行きを悲しく思ったのだろう。
だって『アラジン』欲しかったんだもん。
ディズニー好きなんだもん。

 

 

その性格は今も変わらず、金に対して無頓着なままここまで来てしまった。
勝新太郎よろしく宵越しの銭は持たない主義と言うか何と言うか、引き落とした金はほぼほぼ使ってしまう。
いや、それ以上かもしれない。
そこに収まり切らない額をクレジットカードで補うのだから。
悪い言い方をすれば、借金と同じだ。
いずれエスポワールにでも乗せられるのではなかろうか。

 

 

ヒモにでもならない限り、最終的には多重債務でくたばるかもしれない。
金は天下の回り物と言うが、首は回らないようだ。

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ノンレム睡眠

睡眠が浅い。
僕は夢を頻繁に見るほど睡眠が浅い。
(正確には、睡眠が深くても見るらしいがそれは置いておく)
今朝に至っては、ヤンキーにピアスを引きちぎられる夢を見て、一度起きた後に汗だくのまま二度寝をする事となった。
二度目の夢では、ピアスが元通り再生しており「この調子だと引きちぎられ続けて死ぬのでは」とひどく落胆した。
こえーんだもん。

 

 

そんな悪夢も見れば、同じくらい幸せな夢も見る。
わかりやすい所で言えば、アイドルとデートする夢だ。
ただその時は、このブログで何回も推しと紹介している欅坂46の長濱ねるちゃんではなく、同グループの今泉佑唯ちゃんだったのだが。
まあニアミスとは言え、二人とも可愛いのだから仕方が無い。
僕は幸せを欲張れるほど大した身分では無いのだ。

 

 

どちらにせよ夢を見る事に関しては、割と楽しんでいる。
新たな世界が開けるようで結構面白い。
だが、そんな非効率な睡眠は日常生活にどんどんダメージを与えている。
浅い眠りの原因はきっと煙草の吸い過ぎとラジオのアーカイブを流しながら床に就く環境のせいだと思うが、ルーチンとして定着してしまい如何せん辞められない。
それゆえ週末の休日にたっぷり睡眠時間を取るのが数少ない楽しみの一つとなっている。
寝溜めはあまり効果的では無いらしいが、それで満足感を得られるなら大した問題では無いのだ。

 

 

しかしながら、最近気付いた。
その楽しみに思いを馳せ過ぎて寝付くまでにかなり時間を費やす羽目になっている。
要は、遠足前の小学生みたいになっているのだ。
本末転倒も甚だしい話である。
睡眠時間を取りたいのに、その眠る作業にワクワクして寝られないのだから。
とりあえずめちゃくちゃバカだ。
ああ、早く寝かせてくれよ。

 

 

だから、今日もこんな時間まで起きている。
バカな僕は、夢を見る事を夢見ているのだ。

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かく

自分が好きなことに"物をかく"ことが挙げられる。
"書く"ことにしても"描く"ことにしても、とにもかくにも何でも好きだ。
思い返してみれば、この行為を嫌いになったことは一度も無いかもしれない。
勿論、強制的でなく自発的な場合に限るが。

 

 

小学生の頃の夢は漫画家で、宇宙人がただただ下らないことをする話を大学ノート何冊分も描き、弟に読ませていた。
それと同時に、クラス内の係活動では新聞係を立ち上げて、定期的に掲示していた。

 

 

中学生の頃にはその夢も消え失せ、その代わりか痛々しい承認欲求が加速し、見よう見まねで漫才のネタを書いていた。
文化祭(的なもの)で、当時の友達と二度ほど披露した思い出は今も忘れない。

 

 

高校生の頃はその痛々しい承認欲求を保ったまま演劇部に所属し、何を血迷ったか部長にまで上り詰め台本をしたためることとなった。
と言っても、実際にそれを仕上げて演じた公演は、入学希望者が集まる体験入学のオリエンテーションと言う一度の機会だけだったが。

 

 

大学生の頃はぐるり方向転換し、ラッパーとして活動することとなった。
ラッパーは、Eazy-Eでもない限り自分が歌う歌詞は自分で書く。
僕は中学時代から先述していた内容と並行してラップの歌詞を書いており、ここでようやく本格的に活動し始め、ルーズリーフ何百枚分も試行錯誤を繰り返した。
韻を踏む遊びに魅力を感じ、遂には卒業論文までライミングをテーマにした内容で学生生活を締め括った。

 

 

そして、今はこのブログを書いている。
この推敲する作業は、僕を僕たらしめるために必要不可欠なことなのかもしれない。
"物をかく"ことは素晴らしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、今日はマスでもかくかな。

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分相応

以前ツイッター上で読んだ山本さほ氏の落書き漫画に『分不相応』と言うタイトルの話があった。
漫画の説明は野暮だとわかった上で内容を記すと、

 

キャバ嬢っぽい女はホストっぽい男が好きで、サブカルバンド女はサブカルバンド男が好き。
他にも、ゴスロリっぽい女の子はV系の男が好きだし、ラスタファリアンの女の子はレゲエDeejayみたいな男が好き。
その逆も同様で、枚挙に暇が無い。
しかしながら、なぜオタク風な男が求めるのは分不相応な美少女なんだ。

 

と言う話である。
なぜ、その1ページについて急に語り出したかは至極単純な理由で、仕事からの帰り道で両者ふくよかな体型のカップルを見たからだ。
は〜、どすこいどすこい。
今夜もぶつかり稽古で四十八手の練習と言った所か。

 

 

そんな下世話な想像はさて置き、一年半ほど彼女不在の僕としては仲睦まじいカップルが非常に羨ましい限りである。
全員の両手をサイコガンに改造して、繋ぐに繋げ無くしたいものだ。

 

 

だが、最初の話を考えてみるに、僕に惹かれてくれるような好事家な女の子は、もしかすると僕の趣味と合致するような女の子なのかもしれない。
普段はスケーターファッションで、人と比べてHIPHOPが好きな女の子。
……確かに素敵ではないか。

 

 

では、もっと掘り下げてみよう。
好きな映画は『時計じかけのオレンジ』『ファイト・クラブ』、好きな漫画は『それでも町は廻っている』『藤子・F・不二雄SF短編集』『ろくでなしBLUES』、寝る前にはバナナマンおぎやはぎのラジオを聴いて、何かと言えば2chまとめサイトを閲覧してしまうような女の子。
……うーん!前言撤回!
先ほど「素敵だ」と言った自分をブン殴りたい!
上記のような女の子が居たら、正直に言って気持ちが悪い。
たとえ欅坂46の長濱ねるちゃんがこの趣味嗜好を網羅していたとしても、嬉しい反面ドン引きしてしまうはずだ。

 

 

結局、僕のような好き勝手生きている人間は、恋愛に向いていないのだ。
そう気付けたからこそ今後は、自分の土俵ばかりで物事を見るのではなく、相手の土俵にも上がって人と付き合うようにしたい。

 

 

今日、見掛けたあのふくよかなカップルはすでに土俵入りしているのだろうか。

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ベロネフォビア

尖端恐怖症である。
特に箸やフォークなどの食器類と傘に関してはてんでダメだ。

 

 

意識しなければ問題無くやり過ごせる。
だが、ふとした拍子に意識してしまったが最後で、尖った物の持ち主の一挙手一投足が気になって仕方無くなる。
もしかしたら、彼らの潜在的ドジっ子が急に姿を現し、パッとこちらを振り向いた際に無自覚な凶器(狂気ではない)が牙を剥くかもしれない、なんて考えてしまう。
……と、バカが回りくどく表現しているが、要は尖った物が目に突き刺さることをイメージしてしまうのだ。
一瞬でグロい想像が脳を蝕み、吐き気を催す。

 

言わずもがな、この症状は日常生活に支障をきたす。

飲み会では箸をアサシンのように逆手持ちする品性下劣野郎と膝を交えて話す事が出来ないし、雨の日なんて傘をブンブン振り回すクレイジーババアを見掛けたら脱兎のごとく離れなければ死活問題となる。
雨に唄えば』は僕にとってのレクイエムだ。
大好きな漫画に関しても、『闇金ウシジマくん』の1巻で電線?を尖らせ目に突き刺すシーンは読んだ瞬間にリバースしそうになったし、『ドラゴンボール』や『HUNTER×HUNTER』の目潰し描写は老眼ジジイのようにかなり遠目で読んで難を逃れた。

 

 

キッカケとなったであろう出来事は、何となく見当がつく。
従兄弟とのある出来事だ。
僕は高校生ぐらいで、従兄弟は保育園に行くか行かないかぐらいの年齢だった頃だと思う。
当時、僕と従兄弟は定期的に開かれる親戚の集まりに参加していた。
こんな書き方をするとかしこまった場に聞こえるかもしれないが、別に大それた会合とかではなく、単におばあちゃんの家で集まって飲んだり食べたりするやつである。
僕の事をいたく気に入っていた従兄弟は、隣り合わせで座りウィンナーや唐揚げと言ったお子ちゃまメニューを頬張っていた。
その時、事件は起こる。
うちの親父が従兄弟の名前を呼んだのだ。
その声に反応し勢いよく振り向いた従兄弟は、片手に握られたフォークを無意識に隣の僕の目ん玉へと突き立てた。
振りかざされた鋭利なそれは、僕をベロネフォビアに導くには分かりやす過ぎる存在だった。
今も網膜に焼き付いて離れない。

 

 

この一件があってから、僕は角張った物、先の鋭い物を意識してしまった途端、脂汗が滲むような体質になってしまった。
とは言え、こんな自分を認めるのは格好悪い。
絶対に受け入れたく無い。
ダサい。
アニメ『空中ブランコ』の中でも尖端恐怖症のヤクザが居たがああはなりたくない。

何も恐れない男になりたいのだ。
芯の揺るがぬ呂布カルマのようなサブカルサグでありたいのだ。
インテリジェンスを持ち合わせたチンピラでありたいのだ。
まあサグでもチンピラでもないけど。

 

 

その話を飲み会で話すと品性下劣野郎の友人がこう言ってきた。
「尖端恐怖症が尖った性格してんじゃねーよ」

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顎と枕

芸能人の休日朝に憧れる。
優雅そうだからでは無い。
いや、ある意味では合ってるんだけど。

 

 

僕の趣味趣向はなぜか頭の弱い女と似ていて、とりあえずテレビが大好きだ。
そんな僕が色々な番組を観ていると"ホニャララさんの休日スケジュール"的な内容がよく取り上げられている。
円グラフみたいなヤツだ。

 

 

それを見ると多くの芸能人が、起床→朝食→二度寝、と言う午前中の過ごし方をしている。
僕が憧れるのはこの部分だ。
何とも素晴らしい時間の使い方じゃないか。
二兎追うものが二兎を得るような感じ。

 

 

僕は、睡眠と食事が好きだ。
と言うか、人間の三大欲求にも含まれるこの二つの要素を好かない人はほとんど居ないと思う。
しかし、僕のような一般庶民は、多忙な中に存在する束の間の休日に一挙両得出来る余裕を生憎持ち合わせていない。
朝ご飯を食べたくても、前日の夜更かしが祟って惰眠を貪ってしまい、気付けばAMがPMに変わっている。
仮に、食事を取れる時間を確保出来るぐらい早起きしたとしても、僕の家の冷蔵庫は常にスッカラカンなので、近くのコンビニまでひとっ走りしないといけない。
そうなると目はギンギンに冴えてしまい、二度寝なんて概念は吹っ飛んでしまうのだ。

 

 

だったら前日に何かしら食べ物を買っておけばいいじゃないか、と考える人も居るかもしれないがそれは甘い。
甘い、と言うか僕のことをわかってない。
O型のくせにB型以上に気まぐれな僕は、前の日の夜に食べたかった物が次の日の朝には食べたくなくなっている。
そもそもそれ以前に、僕はクソバカ脳みそなので「うわ〜、次の日の朝にこれを食べるぞ〜!」と遠足前の小学生のように楽しみにしてしまい、寝付く頃には朝方になり、目が覚める頃には昼か夕方になっている。
これでは、"朝ご飯"とは呼べないのだ。
だって朝じゃねーもん。

 

 

なので、睡眠も食事も楽しめる芸能人たちの生活に儚い憧れを抱いてしまう。
羨ましいなあ、ちくしょう。

 

 

まあ芸能人じゃなくても、この生活をしようと思えば出来るんだけど。
でも、僕なんかと違う芸能人なら心にゆとりがあって、先述した内容をきちんと実行出来るんだと思う。
それこそ朝飯前に。

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