日記帳

今年の3月に親父が還暦を迎えたため、そのお祝いに日記帳をあげた。
赤茶けたカバーで、1ページ2ブロックある普通の日記帳だ。

 

 

親父との関係は、あまり良いものではない。
仲が悪い訳ではないのだが、お互いにいまいち歩み寄れずにいる。

 

 

学生時代、僕は親父と頻繁に揉めた。
親父は感情の起伏が激しく、急にキレることがよくある。
それに対して、感情論が嫌いな僕は、俯瞰から偉そうに講釈を垂れるため、その怒りを逆撫でしてしまっていた。
客観視すれば僕の意見が正しいはず(当事者ゆえそう思うのかも)だが、どの内容の喧嘩でも親父は最後の一言「誰にメシを食わせてもらってるんだ」に怒りを集約させるため、いつも歯噛みしながら床に就いていた。
今となっては親父の気持ちもわかる。
口論においてタブーワードだとは思うけど、家族だしそこだけに収まり切らない部分もあるのだろう。

 

 

しかし、社会人となった今、僕はキレさせるぐらいなら親父と話さないでいることを選択するようになり、親父は親父で僕に食ってかかるようなパワーも無くなった。
円満とは言え、どことなく寂しさもある。
そのような関係からか気まずい距離の二人となってしまった。

 

 

先述した還暦祝いのプレゼントに日記帳を選んだ理由も、二人の距離を縮めようなどと言った他意は特に持ち合わせていない。
単純に、親父が死んだ時に何か思い出せるものがあったら良いよな、とかその程度の考えからだった。

 

 

そして今日、無造作に置かれていたその日記をマナー違反とはわかっていたが読んでしまった。
(親父も、読みたきゃ読んでもいいと言っていたんだけど)
汚い字ながらも毎日きちんと綴っているようで嬉しかった。
このブログの更新頻度のように飽きっぽい僕とは、相変わらず対照的な親父らしいと思った。

 

 

 

 

内容がクソつまんない所は親子そっくりだった。