ウンコ味のカレー

一人暮らし歴が今年で9年目を迎える僕はちょくちょく自炊をするのだが、ほんの少しずつ上手くなっているように思える。
包丁捌きはスピードこそ遅いものの理想の形通り切れるぐらいにはなったし、材料を炒め過ぎて焦がすような真似や調味料の入れ過ぎによる大失敗などは避けられるようになった。
これは過保護な実家暮らしの頃と比べれば、大きな飛躍である。
最終的には『クッキングパパ』レベルにまで到達し、未来の嫁と子ども達と「うむ!うまい!」なんて食卓を囲みたい。
まだまだ先の話ではあるが、自分の料理で夢と腹を満たすなんて幸せな話ではないか。
と言っても、基礎練習などはてんで実践しておらず、ちゃんと料理をやっている人間から見たら、下手の横好きも甚だしいと鼻で笑われるだろう。

 

 

そう言えば、大学の頃に付き合っていた彼女にクソみたいなカレーを出したことがあった。
(よく究極の選択にあるウンコ味のカレーとカレー味のウンコのそれでは無い)
当時、僕の中で"カレーは何を入れても美味くなる説"がはっきりと存在しており、その考えと共にトリッキーな調理でイケてるシェフを演出したがる自己顕示欲があったため、災難は引き起こされたのである。

 

 

まず、カレーを煮込む際にお湯では無く、野菜ジュースを代用した。
ヘルシーメニューを気取りたかったのだ。
だが、それだけでは足りないと思った僕は、飲むヨーグルトも混ぜることにした。
程よい酸味と甘みがより味を引き立たせると思ったのだ。
そして具材には、あろう事かパックの筑前煮をブチ込んだのである。
普通のカレーよりユニークな遊び心が欲しかったのだろう。
それらを配合した上でボコボコ煮立った様子は、絵本の魔女がかき混ぜる危ない液体のようであったが、アホな僕は彼女に迷い無く提供した。
それを口に運んだ彼女は、
「カレーをこんなに不味く作れる人初めて!」
とすぐさまトイレに駆け込んで、全て吐き出していた。
そんなゲロマズカレーは結果的に全てトイレに流すこととなったので、よくよく考えれば、先述した内容で否定した排泄物的食品の意味合いとシンクロしているのかもしれない。
あの悶絶した様子は未だに目に焼き付いている。
ははは。

 

 

最近、その事件の被害者である元カノと話す機会がたまたまあり、過去と比較して今は料理が上手くなったと伝えたら、
「あんな毒物を食わすヤツの料理、もう一生食いたくない」
と思い出しギレをされた。
はらわたの煮えくり返った感情は、あの時のクソみたいなカレーのようにボコボコと音を立てていた。

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