子ども

子どもが苦手だ。
苦手と言うのは、嫌いを濁したニュアンスではなく、対応が不得手と言う意味合いだ。
好きか嫌いかで言われれば、二つ返事で好きと答えられる。
あと、変態のそれではない。

 

 

正確には、敬語を使うべき相手のお子さんと触れ合えない。
何か失礼があると思うと尻込みしてしまい、子ども応対特有のなりふり構わぬ振る舞いが出来ないのだ。
それに加え、観月ありさよろしくトゥーシャイシャイボーイな僕は、周りからの目を恥じてしまう。
変顔なんて以ての外だ。
口元をぷくうと膨らませるぐらいが関の山である。
ちなみに言うと、この"やや変顔やってます感"が一番ダサいことも理解はしている。
理解はしているのにやってしまうのだから、より小っ恥ずかしい。

 

 

しかしながら、そんな気持ちもどこ吹く風で、子どもたちは無邪気に近付いてくる。
多分、僕の童顔な見た目にシンパシーを感じて、何となく好いてくれるのだろう。
理由はともあれ、顔を綻ばせながら寄ってくるその様子は、本当に可愛いらしい。
だからこそ、好意も無碍に出来ず、余計に困惑してしまう。
おいおい、親御さん(敬語対象)からせっかく貰ったチロルチョコを僕なんかにわざわざプレゼントしないでくれ!
気持ちは嬉しい!
嬉しいけど、「ありがとう」と言うべきか「ありがとうございます」と言うべきか悩みあぐねてしまう!
ガキンチョ諸君、このダサい大人をイジメないでくれ!

 

 

とは言え、それを口や態度に出すことはないため、先述した案件は変わらず起きてしまう。
先日も、僕が謙って対応すべき相手のお子さんが、こちらの足元に駆け寄り、よく分からないシールを差し出してきた。
当然、僕は相変わらずのアタフタを見せた。
「あれ?お礼は同じ目線に立つべきなのか?」
「シールが大切な物だったら返した方がいいよな?」
いつもであれば、デュフデュフしながら親御さんを見て、何とか解決へと持っていくのだが、その日は違った。
そんな逡巡している僕の様子を察してか、そのお子さんが一言添えてきたのだ。
「気遣わなくていいよ」
多分、親御さんから聞いて学んだ言葉をすぐ使いたくなったのだろう。

 

 

ただ、受け売りとは言え、その切り返しには驚かされた。
結局、おどおどしている大人よりも堂々としている子どもの方がよっぽど精神的に大人なのだ。
そう考えると、僕が彼ら彼女らに言うべき台詞は、敬語で間違い無いのかもしれない。
「ありがとうございます」だ。

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